機動戦士Zガンダム 4
機動戦士Zガンダム 4

発売日: 2001/07/25
発売元: バンダイビジュアル
大作
私はパプティマス・シロッコが好きなので、彼が活躍する第11話が気に入っている。シロッコは、常に冷静な判断を下し、大胆かつ狡猾な戦術を実行できる人物であり、他者を従えるほどのカリスマ性を有した天才である。また、彼のニュータイプ能力はシャアとは比較できないほど高次元のものであり、ラスボスに相応しい人物であったといえるだろう。敵対する者を見下した台詞の数々、特徴的な髪型と髪色、目的達成のためには手段を選ばないしたたかさ、そういった全てが格好良いと私は思うのだが全く人気がない。理由はなんとなく判るが、少し彼に対する評価が冷たすぎると私は感じる。
四の五の言わずテレビ版!!
劇場版よりテレビ版が断然良いですね。大人が観ても楽しめるから。
子供の頃見ていたのですが、当時でも学校中の話題だった(千人を越す超マンマス校)。今見ても存分に楽しめる。この第四巻はZの中に有ってターニングポイント的な巻。ロザミアの駆るギャプランとの戦闘シーンもとても見応えがありました(劇場版はかなり印象違ってしまい、ガッカリ・・・)。
また敵のブラン・ブルターク少佐も隠れた名キャラですね。敵といえでも悪役ではない。それがこのZの面白いところでも有るんですけどね。
ゼータとダブルゼータは視聴率が芳しくなかったそうで、その理由はゼータのサウンドトラック版の解説書にあるとおり「ウルトラマンを期待していた人達に武田信玄を見せたようなものだったからだ。」とあり、それを見て私は「あ、なるほど・・・」と納得しました。しかし私は放映当時中学生で、周りも皆何の疑問も持たず楽しんで見てましたよ。ま、中学でウルトラマンはないですからね。大人になった今でも楽しんで観る事が出来ます。
やっぱりZは「修正」がないと
ファーストキャラが出過ぎない程度にストーリーに絡んでいくあたりが
ファンにとっては非常に嬉しい序盤の展開であります。
特にハヤト・カイ・クワトロ・カミーユの絡みは劇場版では新規映像
で上手くまとめているもののストーリー的には、やはりTV版が良い。
「新訳」でカイは先の大戦の遺恨からシャアと組む事自体に懐疑的だが
こちらではシャアの人となりを認めているからこそ目先の戦いに逃げる
彼に対して批判的でハヤト経由で回ってきたこの非難を、のらりくらり
かわそうとするクワトロにカミーユの怒りが飛ぶ展開。
エキセントリックで現代の切れやすい若者の先駆けのように捉えられがちな
カミーユだが、この場面は何に怒っているか良く分る(程度の問題はあるが)。
父ジオンの理想実現という目的を持ちながら本来の自分から目を背けている
大人のずるさに対する若者のストレートな激情は種ガンで多々見られる
くだらない逆ギレなどとは全く性質の異なるものである。
この時と2クール後のフォウとの死別を経たカミーユの言動がシャアに
「ダガールの演説」という表舞台に立つ決意を固めるきっかけとなっていく。
しかし、そのカミーユの発狂と自分の演説にも結局、変わる事のなかった
連邦に対する失望が彼を「逆シャア」における最後の戦いに駆り立てるのだ。
傷つけあうこともいとわぬ生の感情のぶつけ合いがおりなす人間ドラマ。
これこそ富野作品の醍醐味であり劇場版新訳ではエンターテイメント性
を重視したために、この点がおろそかにされた感がある。
やはり、このTVシリーズは観ていて欲しいです。
さらに詳しい情報はコチラ>>
発売日: 2001/07/25
発売元: バンダイビジュアル
大作私はパプティマス・シロッコが好きなので、彼が活躍する第11話が気に入っている。シロッコは、常に冷静な判断を下し、大胆かつ狡猾な戦術を実行できる人物であり、他者を従えるほどのカリスマ性を有した天才である。また、彼のニュータイプ能力はシャアとは比較できないほど高次元のものであり、ラスボスに相応しい人物であったといえるだろう。敵対する者を見下した台詞の数々、特徴的な髪型と髪色、目的達成のためには手段を選ばないしたたかさ、そういった全てが格好良いと私は思うのだが全く人気がない。理由はなんとなく判るが、少し彼に対する評価が冷たすぎると私は感じる。
四の五の言わずテレビ版!!劇場版よりテレビ版が断然良いですね。大人が観ても楽しめるから。
子供の頃見ていたのですが、当時でも学校中の話題だった(千人を越す超マンマス校)。今見ても存分に楽しめる。この第四巻はZの中に有ってターニングポイント的な巻。ロザミアの駆るギャプランとの戦闘シーンもとても見応えがありました(劇場版はかなり印象違ってしまい、ガッカリ・・・)。
また敵のブラン・ブルターク少佐も隠れた名キャラですね。敵といえでも悪役ではない。それがこのZの面白いところでも有るんですけどね。
ゼータとダブルゼータは視聴率が芳しくなかったそうで、その理由はゼータのサウンドトラック版の解説書にあるとおり「ウルトラマンを期待していた人達に武田信玄を見せたようなものだったからだ。」とあり、それを見て私は「あ、なるほど・・・」と納得しました。しかし私は放映当時中学生で、周りも皆何の疑問も持たず楽しんで見てましたよ。ま、中学でウルトラマンはないですからね。大人になった今でも楽しんで観る事が出来ます。
やっぱりZは「修正」がないとファーストキャラが出過ぎない程度にストーリーに絡んでいくあたりが
ファンにとっては非常に嬉しい序盤の展開であります。
特にハヤト・カイ・クワトロ・カミーユの絡みは劇場版では新規映像
で上手くまとめているもののストーリー的には、やはりTV版が良い。
「新訳」でカイは先の大戦の遺恨からシャアと組む事自体に懐疑的だが
こちらではシャアの人となりを認めているからこそ目先の戦いに逃げる
彼に対して批判的でハヤト経由で回ってきたこの非難を、のらりくらり
かわそうとするクワトロにカミーユの怒りが飛ぶ展開。
エキセントリックで現代の切れやすい若者の先駆けのように捉えられがちな
カミーユだが、この場面は何に怒っているか良く分る(程度の問題はあるが)。
父ジオンの理想実現という目的を持ちながら本来の自分から目を背けている
大人のずるさに対する若者のストレートな激情は種ガンで多々見られる
くだらない逆ギレなどとは全く性質の異なるものである。
この時と2クール後のフォウとの死別を経たカミーユの言動がシャアに
「ダガールの演説」という表舞台に立つ決意を固めるきっかけとなっていく。
しかし、そのカミーユの発狂と自分の演説にも結局、変わる事のなかった
連邦に対する失望が彼を「逆シャア」における最後の戦いに駆り立てるのだ。
傷つけあうこともいとわぬ生の感情のぶつけ合いがおりなす人間ドラマ。
これこそ富野作品の醍醐味であり劇場版新訳ではエンターテイメント性
を重視したために、この点がおろそかにされた感がある。
やはり、このTVシリーズは観ていて欲しいです。
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